目的なく動けないのは、人の目が気になるから

「目的」というのは、決めるものではなく、見いだすものだと思っています。

更には、確固たるものではなく、常に変化するものだとも思っています。

「目的」があって、次に「行動」があるべき、というのは一般的に正しいように思えます。

7つの習慣にも、「目的を持って始める」という項目があるように、それが最も理解しやすい理屈なのかも知れません。

確固たる目的を持って行動する姿は、一見すると、とてもカッコよく映るものです。

苦境にも耐え、ある理念に従って真っ直ぐに一貫性を持って進む姿は、目標に向かう正しい道筋のようなイメージを持たせます。

逆に、一貫性がなく、計画性もない、始めては止めるを繰り返す姿は、どうしてもカッコ悪く映るものです。


実際、何か行動を起こす前に、地に足の着いた目標を立てられる人はどれ位居るでしょうか。

経験が殆どない状態から、先を明確に見据えることのできる人は、果たして存在するでしょうか。

きっと、計画は、過去の記録から生まれます。

段取りは、常に経験によって裏付けされます。

繰り返すことが唯一の上達の道であり、最良の方針は、「最新の試行錯誤の結果」という一時的な意味でしかありません。


「まず行動」というのは、皆多分分かっていて、その上で動けないものなんだと思います。

そこにあるのは、「非合理的な行動をする私」という、他人の目に映る自分自身のイメージです。

整合性とかタイミングとか、空気とか、もしくは「珍妙な行動を取って白い目で見られた誰か」と自分を重ねてしまっていたり。

基本的に人は、目的が無くても動けるし、目的が固まっていなくても始められるし、むしろ、動いてから始まってから、目的というのは見つかるものです。

自分が今の仕事で強く感じている「この業界でのやりたいこと」は、当然入る前には無かったものです。

そして、どんなに調べても見つからないもので、どんなに考えても思い浮かぶはずのないものです。

実情を見て、現実を理解して、そこに居る人たちの想いを直接聞くことができたからこその、今の確固たる「やりたいこと」があり、「目的意識」みたいなものが芽生えたのだと思っています。

「人の目を気にしない」というのは、言うは易く行うは難しの最頂点に位置する言葉だと思います。

ただ、「それが唯一の行動を阻害する理由」なのだとしたら、「先に目的を定める」というやり方を、少し緩くしてみるのも、アリだと思っています。

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ひばち
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「行動の整理」「モノの整理」「思考の整理」という3つの整理を主軸に、日々感じたこと、考えたことを呟いていきます。 タスク管理の勉強会 TaskFreaks!!主催。

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